狂気の行き先?
大きく話題になったものについて、遅ればせながら語るというのは少し気恥かしい。
どうやら、「流行りものには大抵、ブームが去ってからハマる」のがわたしらしい。
表紙の絵や題名から、読み始めるまでは
「怖い話じゃないといいな」と思っていた。
印象的なタイトルにいい色の背表紙。
私でも3時間で読めたとても薄い文庫本だけれど、読みごたえある一冊だ。
トリツカレ男
漢字が少なく会話が多めのストーリーに異国情緒を感じる世界観。おとぎ話の翻訳を読んでいるような気分になる。
しかし、ところどころにハッとする。
グッとくる場面をいくつかご紹介。
きみが本気をつづけるなら
主人公ジュゼッペは、トリツカレ男。物事にハマりやすく、あることにトリツカレたら、日がな一日そればかり。でも、また新しいことにハマるとコロッと乗り換える。そうするうちに、しゃべるハツカネズミと出会う。
あるとき、街の人にからかわれるトリツカレ男に、ネズミが言う。
そりゃもちろん、大体が時間のむだ、物笑いのたね、
役立たずのごみでおわっちまうだろうけれど、
でも、きみが本気をつづけるなら、いずれなにかちょっとしたことで、
むくわれることはあるんだと思う
(第1章 ジュゼッペより)
ちなみに、物語の語り手はジュゼッペの秘密の兄弟だとか。
とりつかれちまったね、…ものの見事に
ジュゼッペはある日、公園できれいな女のこにトリツカレる。
あがった心臓がまたすぐに、お尻までおっこちてくんだ。息ができない
(第2章 ペチカより)
そんなジュゼッペを、ハツカネズミがいつもポケットの中から見守る姿の愛おしいことといったら。
ジュゼッペ、トリツカレ男
街のみんなにからかわれているジュゼッペのトリツカレだけれど、これがなかなか素敵なのだ。
ジュゼッペが一目惚れしたペチカは風船売り。外国から来たから、ジュゼッペのところの言葉が不得手。深刻な事情が色々あって、心配ごとが沢山。
彼女にトリツカレたジュゼッペは、さすがの目敏さでその晴れない笑顔に気づく。今まで色々トリツカレてきて、三段跳びでは世界記録を出すくらいどれにも本気だったジュゼッペには、上手にできることが沢山。彼女の困難に全力で挑む。
誰かにトリツカレるということ
ペチカにトリツカレているジュゼッペ。一度だけ、胸が張り裂けそうな嘘をつく。
読者は皆、ハツカネズミと一緒に静かに彼を責めるだろう。
まっ白い息のなかでジュゼッペはしずかに、
「しょうがないさ、おれは」
と笑った。
「ばかげた、トリツカレ男なんだから」
(第3章 タタンより)
そこから物語はノンストップ
狂気じみたトリツカレで、第4章のジュゼッペには怖いくらいの迫力がある。
まるで別人に「取り憑かれ」たような姿の彼。そんな中でさえ小さな友だちを慈しむ様子にも、やりきれない思いで読み進める。
すると…
読み進めるにつれ、物語はだんだんと速度をあげていく。後半はもう、ページをめくる手が止まらないはずだ。
読み終えて、映画を一本観たあとのような感覚に陥った。怖い話でないことを願いながら開いた一冊は、それはそれは美しいラブストーリーだった。