kayesque

本と映画と、ときどき音楽 旅と雑多な考えの記録

侮るなかれ、北杜夫のファンタジー

f:id:kayesque:20180415212032j:plain

 

これが物語の作者の言葉か。

 

わたくし、つまり小説家キタ・モリオは、これから船乗りクプクプの物語をかく。

よみたい人はよむがよかろうし、よみたくない人はよまないがよかろう。

(クプクプとは何者か?より)

 

開いたそばから北杜夫

原色っぽい表紙に圧されて、買ってしばらく手を出さなかったこの本。

小説の中でもうひとつの小説が進行するユニークな本なのだけど、

北杜夫ワールドに溢れていて、読んでいる間中、わくわくする。

ゆるゆる、いかにもテキトーそうな口調で、テンポよく物語が進む。

 

船乗りクプクプの冒険

f:id:kayesque:20180415210726p:plain

勉強が苦手で宿題ギライなタローは、海が好きな男の子。

本屋でキタ・モリオ氏が書いたベラボーに安い本を買ってきた。

手につかない宿題を早々にほっぽり出してその本を読み始めると、

それは2ページの本文とあとがきしかないトンデモ小説。

パラパラやっているうちに、物語の世界に吸い込まれてしまう。

おまけに「お前は主人公クプクプだ」とかいうことになり、

時代も場所も設定がメチャクチャな世界で航海に出るハメになる。

 

おろすはあげるでチビは大きくて、やせは太ってる

登場人物はみんな天然ボケみたいな人ばかり。

機嫌がいいとニコニコしてパチパチと手を叩く気分屋の船長が

なんとも言えずかわいい。

作中には北杜夫の化身、キタ・モリオが出てくるのだけれど、

この人こそが、小説を本文2ページ書いて逃げ出した張本人。

豚とニワトリを追いかけたり、オサルのカゴヤだホイサッサを

踊ったり、ドドンパを踊ったりするおかしな小説家。

 

ちなみに、このお猿のカゴ屋の歌。

私は世代的に馴染みがないのだけれど、遠藤周作

『ぐうたら人間学』にも登場する。

この本で、以前の私の遠藤周作像は崩れ去った。

 

子ども向けで大人向け

解説も含めて子どもが楽しめるように書かれているのだけれど、 

メチャクチャに進行する物語の中に、ふっとすごく大事な

ことが書いてあり、「そうだよなぁ」と思わせる。

 

なにかを覚えていても、頭のいい証拠じゃあない。その知識から自分でくふうして、応用ができる人が頭がいいのだ。

(この船はどこへ行く? より)

 

”けがの功名”ということばが、なんのことかわからない人たちは、メンドくさがらずに、字引きをひいてみるといい。

(すごいあらしがくる より)

 

忘れた頃にキタ・モリオ

快調に読み進めていると、頃合いを見計らってキタ・モリオ氏が

介入してくる。この作中の小説家は、ダメダメでだらしがなく

弱虫なキャラとしていい味を出している。

 

一方で現実の北杜夫氏も小ネタを忘れない。

小柄なクプクプが、レ・ミゼラブルのガヴローシュをも思わせる

勇気を振り絞る場面。ロープを切ろうと取り出したジャックナイフ

は刃が容易に開かない。

みると、「とびだしナイフはいけません警視庁」との彫刻。

これをやっとのことで開くと、実は児童保護

委員会推薦の安全ナイフで、切っても切れない。

 

北杜夫ファンタジーを侮るなかれ

子ども向けだと侮るなかれ。一度読み始めたら止まらない一冊。

童心に返ってわくわく読み進めながら、時々ハッとする。

何度も出てくる「土人」という言葉に、現代のモラルから疑問を

感じつつ「昔の本だからな〜」と読んだけれど、北さんはそこも

ちゃんと分かって書いていた。見た目や固定観念で人を判断する

ことの危うさに関する、北さんからのメッセージだった。

 

個人的には終わりが少し物足りなかったけれど、

時代と世代を超えて愛される北杜夫を、また少し好きになった。

 

(リンク: 船乗りクプクプの冒険 (集英社文庫) )