kayesque

本と映画と、ときどき音楽 旅と雑多な考えの記録

日本の古典で読むシンデレラ

本を買いたくなる季節がある。

書店の棚が華やかになる季節。期間限定のポップが出たり、対象の本を買えばおまけがもらえたりする。

いくつかの本は表紙を限定版に着替えもして。

本の虫ではない人も、いつもの自分より読めてしまう気がする季節。

今年の夏に読んだうちの1冊を、ご紹介する。

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『おちくぼ姫』

和風でかわいらしい赤の表紙が目をひく。何気なく手に取ったその本の帯には、

 恋に苦しんだのはあなたがはじめてです

これは本文からの抜粋。

なんだ、恋愛がテーマの本か。と思ったが、なんだか表紙のデザインと手触りが気に入って、読んでみたいと思った。

「古典は読みにくいし、面白くない」そう思う方がいれば、なおさら読んでみてほしい。私はとても自分を読書家とは言えない。甘々の恋愛小説を贔屓にしているわけでもない。しかしこの本は、3時間足らずで読み切った。

日本の古典文学にも、シンデレラがいる。

 

あらすじ

一言で十分だと思う。日本の古典で読むシンデレラ。

ただし、目に浮かぶ景色は平安貴族的、コメディ要素が強め。

 

日本でグリム童話として有名なあの寓話を、ご存知の方も多いだろう。継子いじめを受けていた美しい娘が、王子に見初められる。

『おちくぼ姫』のもとになったのは、『落窪物語』。10世紀末ごろ生まれたとされる、作者不明の物語。そうは言っても、純粋な「翻訳」ではないようだ。『落窪物語』のおいしいところを易しく書き換えた著者の技が光る。

高貴な血筋、気立ての良い姫が、継母やその娘たちと暮らす。継母の娘たちよりも本来の位は上だが、実母の形見も奪われ召使同然の扱い。衣食も満足に与えられない。

しかし、ユニークな一冊だと感じた。「よくある少女漫画的な話」ではない。

何より、脇役のキャラが、濃い。そして、ヒロインが出会うのは高貴な「プレイボーイ」。彼の考え方の変化や姫との心の通わせ方も魅力だ。

女性たちが十二単を着ていたころの世界を覗いてみたい方、短く手軽に、ユーモラスな小説を読んでみたい方、恋がしたい方…、ぜひ手にとってみてほしい。

 

下では、私にとってポイントだったところをご紹介する。もう少し読んでもらえたら嬉しい。

 

そのまえに(おかしな余談だが…)

この記事の読者の中に、子供のころ『赤ずきんチャチャ』が好きだった方はいるだろうか。主人公の女の子が美しく変身する少女漫画にもかかわらず、おかしな怪物やメカが大暴れするあの作品。私は大好きだった。

本に限らず好みは人それぞれだが、同じような幼少期をもつ方はこの本も気に入るだろう。

 

3つの個人的ポイント

読みやすさ◎

古典文学の現代語訳は読みにくいと思っていた。

『おちくぼ姫』は『落窪物語』をもとにしているが、「翻訳」というより「リメイク」だ。

文化や言葉の、現代人にはすんなり入ってこないところに、時にさりげなく、時にガッツリ、易しい解説がついている。

これが古典慣れしていない私にも自然で、読んでいて全然しらけない。

絵本を読むようにイメージが浮かび、さらさら読める。

実は、海外から来た知り合いで日本語を勉強中の人に、この本を贈った。その位、読みやすい。

 

平安時代のシンデレラストーリー

ヒロインの姫は平安時代の貴族。ドレスや舞踏会の世界ではない。琴を美しく鳴らす。

この時代の貴族の出会いは、噂話と文(ふみ)から。互いの顔も知らない、プレイボーイの貴公子とかわいそうな姫が、ある一瞬を境に真の恋人たちになる。

二人にはそれぞれ、相棒とも言うべきような従者がいる。彼らが全力サポートで二人を繋ぎ、なおも二人の間に立ちはだかる試練が登場人物と読者の気持ちを高める。

古風な世界観とドタバタなコメディタッチ、丁寧な恋愛描写。後半に一人、かなり気持ちの悪いキャラクターが登場するが、それも含めてこの作品らしさだろう。

 

絶妙な脇役

平安貴族の世界といえばゆっくりまったり…していない。

かわいそうな姫に一人、一貫して味方でいてくれるパワフルな女房。

賢くて気が強いこの女房には、コミカルでやさしい旦那さん。

姫の継母は悪女を極め、キャラが一切ぶれない。

少々、絵面の汚い場面もあり、その点にはノーコメントだが、脇役たちのドラマがあってこそ、この作品は面白い。

 

著者のあとがきによると、この作品は原典の途中までをまとめた「いいとこどり」だそう。名前も人柄もアレンジが加わったキャラクターもいるとのこと。

でも、そんなことは関係なしにおすすめしたい。

本を読みながら、恋をして、ふっと笑って、人情にじんとしたい方、1000年以上前のお話に迷い込んでみては?