家に帰るまでが遠足、伝わるまでがコミュニケーション。
もっとコミュ力欲しいなぁ。
あの人と、なんか噛み合わないなぁ。
思ったことがある人は、きっと多いはず。
コミュニケーションが上手に取れたら、人間関係はスムーズになって、
毎日が充実するんだろうなぁ…。
と、その前に。
「上手なコミュニケーション」は自分が作ったイメージ
「コミュニケーション上手になりたい!」と言ってみる。でも実は、
その時に想定する姿は十人十色。
思い浮かべた像は、私たち一人ひとりが重視するポイントや憧れる姿、
私たちがどう「コミュニケーション」を理解しているかを表している。
そもそもコミュニケーションって?
偉そうに語れた立場ではないのだけれど、一つ私に言えることがあ
る。はじめの一歩、字引を引いてみよう。
「コミュニケーション」の意味そのものが、ヒントなんだもの。
インターネット辞書はこう言っている。
1 社会生活を営む人間が互いに意思や感情、思考を伝達し合うこと。言語・文字・身振りなどを媒介として行われる。「コミュニケーションをもつ」「コミュニケーションの欠如」
2 動物どうしの間で行われる、身振りや音声などによる情報伝達。
…つまり?
大阪大学の先生の説明の方が、言葉は難しいけれど分かりやすいかもしれない。
( コミュニケーションの定義:Definition of Communication )
メッセージをお互いにやり取りし合うこと
あるいは
そのやりとりの結果、情報が共有されている状態
とのこと。
家に帰るまでが遠足
なるほど、事象の共有という結果をもたらす事とその過程がコミュ
ニケーション。
情報の発信主は、時には受け手を補助して、正しく受け取るまでを
見届けてあげるとスムーズなのかもしれない。情報の受け手は、き
ちんと聴く耳を持って、情報の軌跡(文脈)や相手の背景を見なが
らしっかり受け取るとスムーズなのかなぁ。
そういえば、私が小さい頃、母が言っていた。
伝わらなければ言ったうちに入らない。
尊敬する大学の恩師がいつもおっしゃっていた。
論文は中学生にもわかるロジックで書きなさい。
時々、コミュニケーションの意味を知らない人がいる。
方々で耳にする「コミュニケーションはキャッチボール」とはよく
言ったもので、自分が投げたボールを相手がキャッチ(理解)して
初めて、ボールが帰ってくる。
伝える側は、すでに頭の中に話の地図を持っているから、全体像も
詳細も知っている。受け手は、真っ白なキャンバスに、受け取った
情報だけを頼りに話の地図を描かなければならない。
ひとりよがりに、論理も定義もめちゃくちゃに情報を投げつけるの
では、よく伝わるわけがない。
要は、
「伝達」は受け手のインプットなのであって、伝わらないアウトプッ
ト(投げっぱなし)は時間の無駄どころかコミュニケーションではな
い。もちろん、だからこそ、受け取る側の「きく」姿勢も大切。
( 耳タコだけれども、「聴く」ということについて。 - kayesque )
当たり前の様なことだけれど、改めて確認してみると自分の「コミュ
ニケーション」を点検したくなる気がする。
今日から少し、意識のレベルをあげてみようと思う。